駅弁
【えきべん】[名]
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 鉄道の駅や車内で旅客に売っている弁当
 明治18年(1885)栃木県の宇都宮駅で売った握り飯が最初




今回はΖ?と逆襲のシャア
記念上映もこれで終了

2週間で4本上映という無茶をやってる影響か、上映開始時間が先週と違いまして初回が09:40?
夜勤明けで09:00解放・・・間に合うのか(lll゚Д゚)

何とか上映8分前に新宿ピカデリーに到着
新宿三丁目駅を降りてからはほぼダッシュで息も荒く・・・
入替制だと始まったら入れてくれなかったりするからね

席について息を整える暇もなく上映開始

さて、劇場版Ζ?
当時の注目されていたのが、「エンディングの改変」
元々この劇場版は「新訳」と銘打っていたので変更ありきではあったんだけど
その方向性がどういう物かとガノタは戦々恐々としてた訳です

結論から言うと「今の禿ならこうだろうなぁ・・・」といった内容
黒い成分が薄くなったらこういう風にもなるかと
一枚岩じゃないガノタは案の定賛否両論だったけど
個人的には単体作品のEDとしてはこれもありだろうと

しかし、この作品は"宇宙世紀"という歴史の一部でもある
宇宙世紀史的観点からするとどうなるのかというと・・・とんでもない事になっちゃう(lll゚Д゚)


以下、具体的な改変部分

・主人公、カミーユ・ビダンの戦後状態
 TV版では最終戦後にいわゆる"ぱーぷー(精神崩壊)状態"になるんだけど
 劇場版ではカミーユ無事生還

・さっさと撤退するネオ・ジオン艦隊
 TV版ではティターンズ・エゥーゴ両陣営疲弊の隙を縫ってほぼ地球圏掌握
 劇場版ではミネバ様を地球に降ろしたら即撤退
 どこまで退いたかはわからないけど少なくとも静観の姿勢

この二点から今後の歴史的展開を考えると


ΖΖ・・・必要ないですよね?(;゚д゚)

ΖΖすっ飛ばして直接「逆襲のシャア」でも違和感ないだろと

地球連邦の内乱の決着が付いただけでまだネオ・ジオンが驚異だから焦ってたわけで
確かに戦死者・行方不明者も多いけど劇場版状態なら余裕を持って立て直しも可能かと
まして、カミーユが無事息災な段階でジュドー・アーシタ(ΖΖの主人公)の出番なし

逆襲のシャアでシャアが地球潰しを行った理由は
・内部から見ても地球連邦の腐敗がにっちもさっちもいかない状態だという認識
・アムロとの決着
この理由はΖの物語だけで説明可能

そして何より、禿御大が「ΖΖは本当にやりたくなかった」と何度もこぼしているという事実(lll゚Д゚)


Ζ?公開後、「禿が意図的に歴史改変した」と受け取るガノタ多数
いやー、あの当時は揉めたね(^д^;)
元々ガノタの中でもΖΖファンは声が小さいというかなんというか
「むしろΖΖなんかなくてもいい」という声も多かった

この件に関して最終的な結論が出たのはつい最近
「ガンダムユニコーン」映像化の話が出てから
福井晴敏がΖΖの各設定を作品で主軸に据えているし、映像化は正史化前提
ΖΖファンにとって福井晴敏はまさに救世主



・・・という事を思い出しながらΖ??逆襲のシャアを一気に見たんだけど
逆襲のシャア劇中の「ハマーンの跳梁」って台詞は新訳劇場版だけじゃ説明不足だし
シャアの反乱が「第二次ネオ・ジオン抗争」って表現な段階でなあ(第一次がΖΖ劇中)
どう考えてもΖΖ全肯定だろ(;´Д`)

実は当時からそう思って皆の論議を生暖かく見てました
まあ自分だけ訳知り顔を決め込むわけではなく、たぶん大多数がネタでやってたんだと思う
種と種死で鬱憤溜まってた頃だしなあ
それに後解釈でどうにでもなるってのはガノタの常識だ(`・ω・´)



制作者側にしてみればたいした事してるつもりはないんだろうけど
リメイクって"ファンの反応"が難しいよね
まあ昨今新作がヒットしないから仕方ないんだろうけど(´・ω・`)
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